次の土曜(12/23)、学習院大学で100年前の漫画についてのシンポジウムが開催されます。 私は直接関わっているわけではないのですが、お世話になっている佐々木果先生を中心に企画されたイベントで、最近の個人的な研究テーマとも深く関わるため、とても楽しみにしています。シンポジウムに向けて、今このテーマが注目されている背景や関連する資料について、勝手ながら簡単に紹介しておこうと思います。
公開講座・講演:学習院大学 身体表象文化学専攻 (gakushuin.ac.jp)
「100年前のニューウェーブ」とは?
今回のシンポジウムでは、「正チャンの冒険」「親爺教育」「ノンキナトウサン」という3つの作品が取り上げられます。いずれも1923年から連載されたものですが、コマとフキダシを使ってストーリーを語るという点で現代的な「マンガ」に近い形式の表現として注目されてきました。コマやフキダシといった手法自体はそれ以前からも見られるのですが、こういった作品が長期的に連載されて社会的な影響力を持ち、一般的な形式として定着していくのはこの頃からではないかと考えられています。さらに、表現形式だけでなく、キャラクター商品や今で言う「メディアミックス」的展開など現代のマンガ文化と共通するような現象が多数見られたことも重要です。2023年はこれらの作品の連載開始から100年ということで、マンガの歴史に関心がある人たちの間では改めて注目が集まっています。
このあたりの概要については、今年7月の日本マンガ学会で行った研究発表「2023年は「日本マンガ100年」なのか?:マンガの「起源」を再考する」でまとめました。要旨はこちらからご覧いただけます(この時の発表原稿も何らかの形で公開したいのですが、気になるところがあるので準備ができたらということで)。こちらの研究発表があくまで概論的なものだったのに対し、今回のシンポジウムは3つの作品を具体的に検討するものになると思われます。
正チャンの冒険
「正チャンの冒険」は、1923年1月25日から『アサヒグラフ』で連載されました。『アサヒグラフ』は当時朝日新聞社が新たに創刊した日刊写真新聞で、「正チャン」は創刊号から掲載されています。朝日新聞の社員だった織田信恒が「小星」として原作を、専属画家だった樺島勝一が「東風人」として作画を担当しました。コマ内でのフキダシの使用や、主人公・正チャンのキャラクターとしての人気の高さが特に注目されます。
今年の11月には『アサヒグラフ』およびその後の『朝日新聞』連載版を網羅的に収録した復刻本(原作:織田小星/作画:樺島勝一 『正チャンの冒険 ザ・コンプリート』viviON THOTO、2023年)が出版されており、連載の全体像を1冊で掴むことができます(セリフや説明文を現代的な表記にするなど読みやすくするための修正が加えられていて、オリジナルそのままでない点には注意が必要です)。
また、1924年から1925年にかけて出版されたカラー版単行本が「川崎市市民ミュージアム漫画資料コレクション」にてインターネット公開されています。こちらは当時の本のスキャンデータそのままで、素晴らしいカラーの画面が楽しめます。まずはこれを見ると、作品の雰囲気がつかめるはずです。
シンポジウムでは、戦前・戦中期の(子ども)漫画研究の第一人者である宮本大人先生が「正チャン」担当として発表されます。連載やその後の展開についてかなり具体的なことが聞けるのではないかと期待しています。
親爺教育
「親爺教育」は4月1日から「正チャンの冒険」と同じ『アサヒグラフ』で連載されました。当時アメリカの新聞に掲載されていたジョージ・マクマナス(George McManus)のBringing Up Fatherという作品の日本語翻訳版です。残念ながら、本作についてはまとめて参照することが難しいのが現状です。作品の雰囲気が分かるよう、国会図書館でコピーしてきた好きな回を掲載しておきます。
これは『アサヒグラフ』5月23日号の5面に掲載されたものですが、これ以降文字列の方向やコマの配置など翻訳版としての形式が安定します。シンポジウムではこういった翻訳に際しての工夫も話題に挙がるのではないかと思います。発表担当は19世紀末-20世紀初頭の米国新聞マンガが専門の三浦知志先生です。アメリカで連載された原作との違いといった点も気になり、とても楽しみです。
ノンキナトウサン
「ノンキナトウサン」は4月29日から『報知新聞』で連載されました。麻生豊という漫画家によるもので、「親爺教育」に強く影響された作品とされています。その後多くの新聞で定着していく「新聞4コママンガ」の初期の例であり、キャラクター商品や映画化といった展開も注目されます。
本作についても、つい先日復刻版が刊行されています。戦前漫画の研究者にはおなじみの新美ぬゑさんが編集・出版したもので、掲載情報などの資料や解説も充実した素晴らしい本になっています。BOOTHで購入可能、送料込みで1750円と値段もかなり抑えられているので、非常におすすめです(ちなみにシンポジウム当日の会場でも入手可能なようです)。
ノンキナトウサン 誕生百周年記念復刻版 – 夜鳥文庫 – BOOTH
こちらは1924年に刊行された単行本1-2巻と単行本未収録の回をまとめたものですが、大分県立歴史博物館の所蔵資料を使った「麻生豊マンガコレクション」では、単行本のその他の巻や原画などもインターネット公開されています。シンポジウムでは、復刻本をつくった新美さんが発表されます。本作は実写とアニメの両方で映画が制作されるなど、特に様々なメディア展開が行われたようで、そのあたりの事情が分かるといいなと思っています。
『FLiP vol.1 日本マンガ学会歴史学習部会誌』の宣伝
以上のように、それぞれに見どころのある3作品なのですが、お互いの関係をどう捉えるかは、なかなか難しい問題です。どの作品にどの程度の影響力があったのか、コマとフキダシで語る漫画は当時どのように受け入れられたのか、といった点はさらなる検討が必要です。
ここからは半ば宣伝なのですが、今年7月に日本マンガ学会歴史学習部会として発行した『FLiP vol.1』には、このあたりの問題を考える前提となる議論が掲載されています。
『FLiP vol.1 日本マンガ学会歴史学習部会誌』をよろしくお願いします(BOOTHにて電子版頒布中) – KAGEYAMA Ryo (ryokageyama.com)
詳しくはこちらの記事を見ていただければと思いますが、この時期の日本の漫画における「親爺教育」の影響を重視するアイケ・エクスナさんを迎えたシンポジウムの様子が収録されています。これらの作品が現代の日本マンガとどのようにつながっているのかといった、ある種の歴史観に関わる議論が行われており、なぜ1923年が争点になるのかが見えてくる内容になっていると思います。PDF版をBOOTHにて販売していますので、ぜひお求めください。(さらにエクスナさんの著書Comics and the Origins of Manga: A Revisionist Historyやweb公開されている論考(【論考】 日本現代マンガの百年前の起源 :輸入・翻訳から国産へ(アイケ・エクスナ) – M studies)とあわせてお読みいただくと、一気にマンガ史研究の最新の議論に追いつけてしまう(はず))。
今回のシンポジウムは私を含めマンガ史に関心のある人にとっては非常に重要なイベントだと思われるのですが、なにぶん古い話なので、前提知識がないとハードルが高く感じられるかもしれません。とはいえ、大体この記事に書いたことがぼんやり頭に入っていれば、あとは問題ないはずです。100年前の新聞に掲載されたものが「普通にマンガ」であることに驚いた方には、きっと面白い内容になるので、ぜひチェックしてみてください。