高橋和希が亡くなったという。それほど熱心な読者ではなかったのだけれど、自分たちの世代のマンガ家だという感覚は確かにある。代表作の「遊☆戯☆王」は、マンガ作品という以上にトレーディングカードゲームとして有名だ。私自身アニメも見ていたしカードでも遊んでいたので、高橋がカードゲームの生みの親として紹介されることに違和感はない。ただ個人的には、その名前を聞いてまず思い出すのは、カードゲームが中心になる以前の、ごく初期の「遊☆戯☆王」のことだったりもする。
今となってはあまり顧みられないが、「遊☆戯☆王」は当初、カードゲームだけを題材としたマンガではなかった。連載初回で千年パズルの完成によって主人公・遊戯の別人格となった闇遊戯は、しばらくの間、次々に様々な闇のゲームを考案している。見るからに下劣な悪人をゲームで打ち負かし、罰を与えていくというシンプルな構成の物語は、しかしその濃い絵柄と異様なテンション、そしてなにより、闇のゲームや遊戯の与える罰が放つ非倫理的な魅力によって、子供時代の私に強烈な印象を残した。
火薬を仕込んだ氷の塊をパックとして熱々の鉄板上で行われるエアホッケー(時間が経つと氷が溶け、火薬が鉄板に触れて爆発する)や、猛毒のサソリが入ったスニーカーに手を入れて中のコインを取り合うゲームなど、その衝撃的なビジュアルと内容は、今でも鮮明に思い出せる。単行本の2巻で登場するカードゲーム「マジック&ウィザーズ」が次第に作品の中心になっていくのだが、この時点ではまだ様々なゲームのうちの1つに過ぎなかった。
週刊連載で毎回のように新しいゲームを考案してデザインするというのは、おそらく相当に大変なことだ。連載の長期化とともにカードゲームが中心になっていった背景には、カードゲーム回の人気だけでなく、そういった事情もあったのではないかと推測する。その分、初期の「遊☆戯☆王」のアイデア的な密度は、週刊連載のマンガとしては極めて高い水準にあったように思う。
本作のカードゲームとしての成功に隠れて、初期の「遊☆戯☆王」のことが忘れられてしまうのであれば、当時の(とはいえすでにいくらか後追いではあったのだが)読者としてはさみしい。ゲームを通して生まれる友情の可能性を主題としながら、しかしゲームが持つ魔術的な恐ろしさとそれゆえの危険な魅力をも描き続けた高橋和希というマンガ家の本領は、作品の初期からすでに、はっきりとその輪郭を示していたのだから。