光と時間を操る、SF装置としてのカメラ:『カメラバカにつける薬』

「カメラバカにつける薬」というマンガがある。飯田ともき氏によって2015年から同人誌として発表されたもので、現在ではいくつかのカメラ情報メディアで連載されている。私がこのマンガに出会ったのも、デジカメWatchというwebメディアでの連載がきっかけだった。

内容は、正統派の趣味ものである。4コマを複数並べて1つのエピソードとする現代的な4コママンガのスタイルで、カメラの歴史やカメラにまつわるあるあるネタを扱っていく。次から次にレンズが欲しくなってしまったり、カメラメーカー(あるいはレンズマウント)で派閥争いを繰り広げてしまったりといったカメラ/レンズオタクたちの習性には、多少なりともカメラに関心のある読者なら共感するところがあるだろう。

とはいえ私も、決してコアなカメラオタクではない。カメラの基本的な仕組みや最近の製品に関するネタはある程度わかるものの、馴染みのないメーカーや歴史的な話題の場合は、内容についていけないことも多い。とはいえこのマンガの本領は、そのような”わからない”回でも、不思議と面白く読めてしまうところにある。

そもそも、デジカメWatchでの連載を途中から読みはじめた私は、毎回のように登場する医者や看護師といったキャラクターたちの設定すら、あまりよくわかっていなかった。だから、回によっては、よくわからないキャラクターが繰り広げるよくわからない話を読むということにもなりかねないのだが、それでも変わらず毎週金曜日の連載を楽しみにしているのだから、驚くべきことだ。もっとも、良い連載マンガには、概してそういうところがあると思う。

つい先日、そんな本作の初めての商業単行本が刊行された。同人誌をもとに再構成したという本編に、デジタルカメラマガジンでの連載からセレクトされた傑作選が差し込まれている。こちらの単行本は比較的初心者にもやさしく、カメラについて、あるいはこの作品について詳しく知らなくとも、すんなりと入っていける構成になっている。登場するカメラ知識には脚注で丁寧な解説が付されているし、メインキャラクターの医者と看護師についても、沼にはまった「カメラ病」患者を治療する「カメラ内科」のスタッフであることが、冒頭でしっかりと説明される。

というわけでこの本は、カメラオタクの習性をコミカルに描いた趣味ものマンガの入門編ということになる。と思って気楽に読んでいたのだが、終盤に1本、いくらか毛色の異なるエピソードがあって驚いた。「宇宙(そら)のネコミミ」と題されたこのエピソードは、いつものキャラとカメラネタをベースにしつつ、4コマではないフリースタイルのコマ割りで、遠い未来の宇宙での出来事を描いている。詳しくはぜひ読んでほしいのだが、SF的なアイデアとカメラの仕組みにまつわる小ネタ、そして歴史への意識が見事に織り込まれた鮮やかな短編だ。取り込む光の量と露光時間をコントロールすることが一義的な機能であるはずのカメラとは、そもそも極めてSF的な装置だったのではないか。そんなことを思いながら読み進めるうち、いつの間にかフィルムカメラが欲しくなっている自分に気づいた。やはりこれは沼なのだ。

単行本が初心者向けだと書いたが、必ずしもそこから入る必要はない。まずは手軽に連載から読んでみてほしい。ひょっとすると、いきなりわけのわからない回に当たるかもしれないが、それも悪くないはずだ。レンズの構成図が並ぶ画面に「さすがにわからん」と思いながらも、ついつい次回の連載を心待ちにし始めたときには、もうすでに「カメラバカ」沼にはまっている。カメラ内科の医者が言うように、沼だと言われているその場所は、見方を変えれば温泉かもしれないのだが。