「メディア芸術」のゆくえ:第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展

文化庁メディア芸術祭の受賞作品展に行ってきた。例年会期が短いために行きそびれ、マンガは展示より読んだ方がいいはずだなどと後付けで言い訳をするのが通例になっていたのだが、今回はエンターテインメント部門で大賞をとった『浦沢直樹の漫勉』関連のイベントが開催されるということで、きちんと予約を取って行くことに成功した。

お台場は遠く、会場である日本科学未来館に着く頃にはすでにイベント開始15分前になっていた。ひとまず急いで1Fの展示を見て回る。この段階で気になった作品は、アート部門新人賞の花形槙《Uber Existence》とアニメーション部門優秀賞の山村浩二『幾多の北』だった。前者は明快なコンセプトが、後者は展示でも伝わるビジュアルの強さが目を引いた。あとで時間があればゆっくりもう一度、と思いつつ7Fのホールへと向かう。

『浦沢直樹の漫勉』関連イベントは2つに分かれており、13:00から番組関係者によるトークセッション、15:00から浦沢直樹、安彦良和の両氏によるライブドローイング&トークショーが行われた。安彦氏が呼ばれたのは、今回受賞したのが安彦氏の回(『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』)だったからだという。

番組発案者の浦沢直樹、企画の倉本美津留、プロデューサーの上田勝巳の各氏が登壇し、京都精華大学の伊藤遊氏がモデレーターを務めた前半では、番組の放送に至るまでの過程や制作上の苦労、放送後の反響といった番組制作の背景が語られた。

メインとなる作家との対談はもちろん、そもそもの出演交渉から、作画の様子を撮影した素材の編集へのアドバイスまで、番組のコンテンツ面の大部分を担っているという浦沢氏の仕事量と熱意には、ただ感服するほかない。トークのなかで印象的だったのは、倉本氏が番組の海外展開やディスク化を強く希望し続けていると語っていたことだ。その甲斐あってNHKワールドでの海外向け配信が始まり、今後も配信回を増やしていく予定だという。一方、ディスク化は最初期のごくわずかな回以外行われておらず、この点はこれからも要望し続けると倉本氏は強調していた。撮影された映像は後世に残す価値のあるものだ、という2人の確信が、この番組を支えているのだと思う。

トークセッションが終わってから15:00まで30分ほど時間があったので、7Fの展示を一通り回った。VR作品など時間が足りず十分に見れなかったものも多かったのだが、ここで見た平瀬ミキ《三千年後への投写術》が、この日の展示の中で最も印象に残る作品となった。アート部門の新人賞を受けた本作は、「鏡面加工された石にレーザー加工機を用いて文字やiPhoneで撮影した写真を彫刻加工し、加工を施した石の表面に光を当て、反射した光によって像を壁面に写し出」したものだという(平瀬ミキ Miki Hirase – 三千年後への投写術 (myportfolio.com))。

暗闇のなか、石に反射した光が壁に写し出すぼんやりとしたイメージは、どこかノスタルジックでありながら、しかし確かに最近の写真のようで、過去と現在が重なったような奇妙な感覚を与える。石板自体を見つめても写真のようには見えないのも面白い。着色などをしているわけではなく、おそらく反射させたくない部分を削って鏡面ではなくすという加工が行われているため、石自体の模様に混じって直接見ても分からないのだろう。そしてこのことが、3000年という時間を超えて機能するメディアというコンセプトに説得力を与えている。同様の技術で作られた3000年前の石板が世界のどこかにあるのではないか、などというSF的な想像も喚起される。メディアそのものを主題化した、まさしくメディア芸術祭にふさわしい作品だと思う。

展示室から出ると、イベント会場の前には長蛇の列ができていた。安彦良和氏が登壇した後半は、完全なる満席のようだった。もちろん私自身も、先日劇場版『ククルス・ドアンの島』を見て安彦氏の作画家としての偉大さを実感したところで、この機会を大変楽しみにしていた。

このイベントの内容は、言葉にするのがとても難しい。浦沢氏が最後に言っていたように、「変だけど面白かった」と表現するほかない。ほとんど打ち合わせがなかった(らしい)からか、安彦氏はあまり口数の多いタイプではないのか、次々にトークが展開するという雰囲気ではなかったのだが、にもかかわらず安彦氏は常にチャーミングかつ筋の通った発言を繰り返し、会場を沸かせ続けていた。なぜあんなことが可能なのか、今もってわからない。

もちろん、マンガやアニメの作画技術や考え方という点でも、面白い話はたくさんあった。2人が鉛筆(やペンや筆)をとる度に会場に走る期待感も、その期待に応えるあまりにも鮮やかな筆致も、絵を描くこと、それを見ることの楽しさを存分に伝えていたように思う。アーカイブとしてイベントの動画が後日公開されるとのことだが、あの魔法のような瞬間が、可能な限り映像でも伝わることを願ってやまない。

イベント終了後、17:00の閉館まで多少の時間があったので、7Fでメディア芸術祭関連事業のレポート展示と、受賞・推薦作品の単行本を集めたマンガライブラリーコーナーをごく簡単に眺めたあと、もう一度1Fの展示を見て回った。1周目には存在すら気づいていなかった作品もあり、結局ゆっくりと見ることは叶わなかったが、一応一通りは確認することができた。改めてしっかりと見て面白かったのは、アート部門優秀賞の石川将也/杉原寛/中路景暁/キャンベル・アルジェンジオ/武井祥平《四角が行く》だろうか。マンガ部門の展示でとくに目を引いたのは、やはり西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』だった。西村氏は、今最も素敵な絵を描くマンガ家の1人だと思う。

今回は『漫勉』イベントを中心に手早く回ったが、アニメーションの上映なども含めれば展示内容はかなりボリュームがある。9/26(月)までとやはり会期が短いのがネックだが、一度行ってみると楽しいはずだ。

なお、そんなメディア芸術祭だが、公募によるアワードという形での開催は今回が最後になるらしい「なお、令和4年度については、作品の募集は行わないこととなりました。」という簡素極まりないお知らせが物議を醸したばかりだ。今後どのような形になるのかわからないが、多くの関係者が嘆いていた通り、25年続けてきた賞を途絶えさせることの損失が決して小さくないことは確かだろう。

『漫勉』のプロデューサー上田氏は、番組を賞に応募する際、落選して浦沢氏の名前に傷をつけないようにと、制作者欄に「浦沢直樹」の名前を入れずにこっそり出したと語っていた。その気持ちはとても分かる気がする。NHKの有名番組であっても、そんな不安と共に応募しているというところに、公募ならではの良さがあったように思う。そうして集められた作品たちは、よく考えるとなぜ同じ空間に展示されているのかわからないような不純なもので、それでいて「メディア芸術」という曖昧な領域を形作ってきたのだろう。その曖昧さが面白さであると同時に、行政の枠組みで見たときの弱さになったのかもしれない。

科学未来館から東京テレポート駅まで歩く帰り道で、つい先日8/31に全施設の営業が終了したパレットタウンの横を通った。お台場のシンボルの1つだった大観覧車はすでにゴンドラが外され、骨組みだけという見たことのない状態になっていた。パレットタウンは、東京都から貸し出された土地を森ビルと三井物産が利用する形で、1999年に開業した。現在は森ビルとトヨタ自動車が土地を所有しており、2025年を目標に新たな施設の建設が計画されている。

それなりに歴史を積み重ねてきたお台場の人気スポットがおよそ25年でリセットされてしまうことと、現在の形でのメディア芸術祭が25年で終わることとは、直接的に何の関係もない。それでも、もう回ることのない観覧車を見ながら、そこにはやはりある種の歴史意識の希薄さが共有されているのではないかと、つい思ってしまう。今はただ、これからのメディア芸術祭の展開と、パレットタウンの跡地にできるという新施設が、できるだけ良いものであることを祈るばかりだ。